【第7期第6回講義特別編!】
「はやぶさからはやぶさ2へ 過去・現在そして未来 」

月探査情報ステーション 編集長
元「はやぶさ」プロジェクトメンバー
寺薗 淳也 先生

お待たせいたしました!
2021年3月13日に行われた第6回講義にご登壇いただいた、月探査情報ステーション 編集長で元「はやぶさ」プロジェクトメンバーの寺薗先生より、皆さんの質問に対する回答が届きました!
感想を含めいろいろな質問をいただいた中、余りにも数が多いため、皆さんからの質問が多く、先生だからこそお答えいただける専門的な質問にまとめてお願いをしました。
寺薗先生の追加の特別講義、非常に詳しくお答えいただいております。ぜひ読んで学んでみてください!


【月探査情報ステーション 編集長/元「はやぶさ」プロジェクトメンバー 寺薗 淳也先生がみんなの質問に答えます!】

★質問1. イトカワ・リュウグウの他にもサンプル回収の候補となる小惑星はあったのでしょうか。

実は、初代「はやぶさ」では、行き先の小惑星は2回変わっています。
 当初、行き先として予定されていたのは、「ネレウス」という小惑星でした。私が宇宙研で大学院生だったときには、まさにこのネレウスに行くというふうにいわれていました。しかしその後目的地が変わり、1989 MLという小惑星に変更になりました。さらに最終的には皆さんご存知の「イトカワ」が目的地として選ばれることになったのです。
 こうも何度も目的地が変わったのは、打ち上げ予定日(年)が変わってしまったためです。
 小惑星までの飛行は、ただ行けばいいというのではなく、相手の小惑星の軌道や速度などを計算して、軌道を決めなくてはいけません。かといって、日本では打ち上げに際して、漁業権の問題などからかつては日程に大きな制約がかかっていました。そこで、打ち上げ日の制約を満たしつつ、かつ比較的近い将来で行きやすい小惑星をターゲットとして選んでいたわけです。
 ただ、開発が遅れるなどして打ち上げ日がずれると当然全て計算し直しとなり、また別の小惑星がターゲットとなる…ということが続いたのでした。
 一方、「はやぶさ2」の場合、最初からC型小惑星と呼ばれる研究対象として興味深い小惑星に行くことを念頭に置いていました。そこで、当時わかっているC型小惑星の中から、打ち上げのタイミングで比較的到達しやすい天体として、リュウグウが選ばれたというわけです。ただその場合問題になるのは打ち上げ日時で、極めて正確なタイミングで打ち上げる必要があったのです。このあたり、初代「はやぶさ」と「はやぶさ2」の違いがみえて、興味深いところですね。

★質問2. なぜカプセルをオーストラリアの砂漠に落としたのでしょうか。

いちばん大きな要因は、「はやぶさ」、そして「はやぶさ2」の軌道にあります。帰還する際の軌道がどうしても「そうなっているから」というのが大きいのです。
 ただ、であれば条件がよさそうな他の場所でもいいかもしれませんが、オーストラリアには回収に適した条件がいくつもあります。
 まず、当たり前ですが「陸であること」。もちろん、アポロ計画のときの宇宙飛行士のように、海で回収するという考え方もあるでしょう。しかし、海に落としてしまうと海流や風などで流されてしまったり、あるいは何らかの理由で沈んでしまうという危険性があります。陸であればそのような心配が少なくなります。
 次に、オーストラリアという地理的な条件です。オーストラリアは地理的に日本からもアクセスしやすく、また入出国も容易です。一見すると宇宙探査とはあまり関係ないかもしれませんが、「はやぶさ2」の帰還では、新型コロナウイルスの流行下で帰還を迎えることになるため、日本から出発した帰還チームに入国・滞在などで特別な便宜を払ってもらえることになりました。このようなことは、友好国でありかつ先進国でもあるオーストラリアでないとなかなか難しいことかと思います。
 さらに、オーストラリアは国土が広いという条件があります。帰還カプセルは軌道を精密に決めてそこに向けて「落とす」(切り離す)とはいえ、最後の最後まで何があるかはわかりません。広い国土があるということは、万が一何かがあったとしても安全を確保しやすいということがあります。
 また、オーストラリアはその広い国土の大半が砂漠地帯であり、この点も帰還には有利です。植物が少ないので、上空から帰還カプセルがみつけやすいですし、木などに引っかかる心配も少なくて済みます。また、砂漠地帯は人口が少ないので、人間に対する危険性も少なくなります。特にこの点については、オーストラリア中央部、ウーメラ砂漠にある軍の実験場に帰還させることで、人間に対する危険性を最小限にしています。軍の実験場であれば周辺を封鎖して関係者以外を立ち入り禁止にすることもできますし、人にカプセルがぶつかる、カプセルが第三者によって開封される・盗まれるといった危険を避けることもできます。
 このような様々な理由で、オーストラリアがカプセルの帰還地に選ばれているのです。
 初代、そして「はやぶさ2」が帰還後をオーストラリアに選んだことは、オーストラリアと日本の友好関係にも寄与しています。オーストラリア宇宙庁は、日本のJAXAとの関係を強化する方針を打ち出しています。はやぶさシリーズがきっかけで、日本とオーストラリアの縁がまた一つ深まったことになります。

★質問3. はやぶさプロジェクトの中で辛かったことはなんでしょうか。また、どのようにしてその苦難を乗り越えたのでしょうか。

 まさしく辛いことだらけでしたが(笑)、その中でいちばん大きなものを選ぶとすれば、度重なるトラブルでしょうか。特に私としては、行方不明という大きなトラブルよりは、到着前に発生した姿勢安定装置「リアクションホイール」のトラブルにいちばんがっくり来ました。
 リアクションホイールは探査機の姿勢を安定させるために欠かせない装置です。ところがこれが故障。探査機の姿勢が安定できないと、グラグラした土台の上にカメラを乗せて撮影するようなもので、小惑星の写真を撮ったり科学的な観測を行うことが難しくなるのではないかと心配されました。
 当時は到着を間近に控えたところで、「もうすぐだね~」と周りの人と言い合っていたりしたくらいで、あまり探査機の故障ということに慣れていませんでした(あまり慣れすぎるのも困りますが)。ですので、本当に真剣に心配しました。「もうだめか」と思ったこともありました。
 ただ、最終的には探査機の姿勢を制御する別の方法がみつけられたので、それで助かったのですが、あのときは本当に心細かったですね。
 辛いときには、周りの仲間の支えがいちばん大きかったです。カメラチームの人たちとも(昔からの付き合いだったとはいえ)よく話しましたし、その中で解決につながるヒントが得られたことが多数ありました。チーム全体もコミュニケーションをよくとっていましたし、仲がいいチームでしたから、困ったことがあってもみんなで話し合いながら解決に導けたと思います。はやぶさの「奇跡」はこういうチームによって支えられていたのだと思っています。

★質問4. 惑星によって自転速度が異なるのはなぜですか。

これについては、正確な理由はわかっていません。
 そもそも自転速度がどのような理由で決まるのかということもよくわかっていないのです。ただ、自転速度自体は、その天体の内部構造や進化の歴史にかなり関係していると考えられます。
 例えば、地球はかつて、40億年くらい前には自転速度が今の24時間(1日)ではなく、8時間でした。それが現在では24時間とかなり遅くなり、現在でもごくわずかずつ遅くなっています。これは、地球の海の水と海底との摩擦によって、自転にブレーキがかかっているからです。
 木星のような大きな天体でもかなり速い速度で自転していて、一回転は9時間55分です。これは太陽系ができたときの自転速度を今でも割と残している可能性が高いと思っています。逆に金星は、自転に243日もかかりますが、これは金星の分厚い大気が影響しているのでしょう。
 小惑星リュウグウは自転速度が7時間38分と、地球近傍小惑星としてはかなり遅いほうなのですが、そもそも何で地球近傍小惑星の自転速度がそんなに速いのかというのも、これから研究するべき課題です。

★質問5. サンプルを回収する人はなぜ防護服のようなものに身を包むのでしょうか。

これは、「小惑星にひょっとするといるかも知れない生命から身を守る」…ためではありません。帰還カプセルなどについている火薬などから身を守るためです。
 宇宙を飛ぶ人工衛星や探査機では、切り離しなどで確実な動作を求められるときに、火薬を使って切り離すということをよく行います。火薬ならば機械的に動く部分がないので信頼性が高いですし、装置自体も小さくできます。
 帰還カプセルなどにもこのような火薬を使った切り離しの機構があるのですが、万が一動作していなくて火薬が残っているものがあると、それが回収したときに作動(=爆発)してしまって、回収にあたる人がケガをしてしまう可能性があるのです。
 そのため、あんな厳重な防護具に身を包んでカプセルを回収することになっているのです。

★質問6. 講義の中で宇宙資源が地球の役に立つとありましたが、具体的にどのように役立つのでしょうか。

いま、地球上の資源は徐々に不足が深刻化しています。世界の人口が増え、生活水準が上がるにつれて、必要となる資源の量も増大しています。
 とりわけそれが深刻化しているのが、レアメタル(希少金属)と呼ばれる金属です。例えば、ハイブリッド車やスマートフォンに使われるリチウムイオン電池には、コバルトという金属が使われていますが、これも希少金属です。より身近(?)なものでいえば、指輪などで使われるプラチナも希少金属です。
 希少金属は、ハイテク装置やIT社会を支えるために今や欠かせないものなのですが、「希少」という名前がつくくらいで、地球上にはあまり存在しません。さらに、存在している場所が限られている(偏在している)ため、例えばその国が輸出規制をしてしまうと手に入らないという問題があります。
 すでに希少金属の入手の問題は深刻になっており、それは価格の上昇という形で現れています。このまま地球上だけで資源を探し求めていたら、いずれどこでも手に入らなくなる可能性があります。
 その点で期待がかけられるのが小惑星です。小惑星にはレアメタルが豊富に含まれているといわれており、採掘し、地球に持ち帰ることができれば、今の資源不足を一気に解消することができます。
 さらに、小惑星は地球のように採掘にあたっての制限がありません。まるごと採掘しても、地球の地殻に引っ張ってきて採掘してもいいわけです。自由に採掘できるということはコストも安くなる可能性があります。
 今のところ、地球に資源を持ち帰るには非常に高いお金がかかることから、現在のところはこういった宇宙資源を地球で利用することについては現実的ではありません。ただ、宇宙輸送のコストは競争によってどんどん下がっていますので、近い将来に宇宙資源が私たちの現実の生活に役立つ日が来るかも知れません。

★質問7. 先生が宇宙の仕事をされている中で1番やりがいを感じることはなんでしょうか。

どのような仕事もそうかも知れませんが、研究の仕事というのは必ずしも報われないことが多いものです。やってはみたけどうまくいかない、途中までうまくいっていたのに何らかの理由でうまくいかなくなる、ということはしょっちゅうです。ましてやそれが自分が原因ではなく、他の人、あるいは他の組織が原因になったりすると、そのストレスは半端ありません。
 そんな中で、私にとってのいちばんのやりがいは、研究の楽しさを多くの人に伝えることです。まさにこの子ども大学水戸でお話しするような、こういう活動です。
 うまくいくこともうまくいかないことも、新しい発見で興奮するときも失敗で落ち込むときも、いろいろなことがあって今に至っている。でも、研究には未知の世界に挑む楽しさとワクワク感がある、そういったことを1人でも多くの人に伝えたい、そう思って、このように皆さんの前でお話しする活動を続けています。
 また、宇宙探査、宇宙開発は、日本にとっても重要な活動だと私は考えています。国土が狭く、資源が少ない日本にとって、人間がいちばんの財産であり、最先端に挑む人を増やすことが、日本をこれからも先進国にしていくための大きな要素だと思っています。そのためには、最先端で何が起きているのか、そしてこれからどのようなことが起きているのか、さらに言えば、これまでどのような過程を経て今に至ったのか…過去・現在・未来を記録し、予測し、伝えていくことが重要だと思っています。この活動は私にとってはライフワークであり、また、そのライフワークを行っているときがいちばん私にとってやりがいを感じるひとときともなっています。

★質問8. 寺薗先生はなぜ宇宙に関する仕事を選んだのでしょうか。

私自身は、小学校の頃は宇宙…空を見上げるよりは、地面を見る方が多かったようです。子供の頃に親に鉱物標本を買ってもらって、宝物として大切にとっておいたりしていました。
 それが変わったのは中学2年のときです。当時、『COSMOS』というテレビ番組が放送されていました。最先端の科学探査について、まさにその最先端にいる科学者であったカール・セーガン博士が番組の中でやさしく、わかりやすく解説してくれる。また、映像も大変美しく、中学生の私ですら引き込まれるものでした。
 私も食い入るようにその番組を見て、さらに書籍もぼろぼろになるまで読み、将来セーガン博士のように宇宙、というか太陽系の研究を行う人間になるんだ、と決意したのでした。
 とはいっても、アメリカとは違って日本では当時あまりそういった研究…今でいうところの「惑星科学」を教える大学はあまりありませんでした。そんな中で私が選んだのは名古屋大学でした。ここは非常に特徴的な大学で、昔ながらの地質学や鉱物学、古生物学と、地球物理学、さらには惑星科学に近い内容までの研究が、一つの建物の中で行われていました。私は大学生のときにこういったいろいろな分野の方に刺激を受けて育ち、単なる宇宙だけではなく、地球と異なるが似ている天体の世界に足を踏み入れたいと思うようになったのです。そして、大学院生のときに宇宙科学研究所に入り、本格的に研究のキャリアをスタートさせました。
 いま思えば、やりたいと思ったことを貫けたというのは非常に幸運なことだったと思いますし、一方ではいろいろな困難をくぐり抜けてきたということも確かで、それはやはり自分がやりたかったことだからこそできたのかな、と思っています。
 私があちこちで講演やイベントでお話をしたり、あるいはウェブサイトを通して広報活動を行ったりするのも、そういった恵まれた立場にいることができたことを多少とでも皆様、あるいは社会に恩返しできれば、という思いがあります。

★質問9. イオンエンジンは地球では駆動しますでしょうか。

はい。駆動します。実際、イオンエンジンは地球上で長時間にわたって試験を行って、その上で小惑星に向けて旅立ったのです。
 ただ、地球上で動作するということと「実用的に使える」という意味では全く異なります。
 初代「はやぶさ」が地球と小惑星との往復に使用したイオンエンジンは、宇宙科学研究所が開発したμ10(ミューテン)というエンジンでした。このイオンエンジンの出力は8.5ミリニュートン。わかりにくいと思いますが、この力は、地球で1円玉を2枚半くらい持ち上げられる力と同じです。つまり、私たちがよく見かける豪快なロケットの打ち上げと比べると、圧倒的にパワーが弱いのです。とても地球上では使い物になりません。
 しかし、イオンエンジンは長期間の宇宙旅行でその真価を発揮します。まず、宇宙には空気がないですから、物体は加速度を与えればその分だけ確実に速度を増やしていきます。さらに、どんな小さな加速度でも、長い長い時間を与えればその分確実に速度を増やしていけます。そのため、イオンエンジンを長い時間噴射し続けることができれば、その分速い速度を与えることができるというわけです。しかも消費する燃料は、一般的なロケットなどと比べるはるかに少なく、経済的です。長い時間がかかる小惑星などへの飛行ではこれは理想的なエンジンだといえるでしょう。
 「はやぶさ」「はやぶさ2」シリーズはイオンエンジンの優秀さを示すよい例となりましたが、海外の探査機でもイオンエンジンを採用するものが出てきており、一般的なロケットや、その小型のもの(スラスターといいます)に代わるエンジンとして使われる時代が来るかも知れません。

★質問10. 広い宇宙には水や空気を必要としない生物がいる可能性があるにもかかわらず、生物が存在する惑星の条件として水や空気の存在が前提となっているのでしょうか。

まず、水の存在が生命にとって欠かせないといわれるのはなぜでしょうか? それは、まず水が意外に宇宙に広く存在する物質だからです。
 水は酸素原子1つと水素原子2つが結びついた化合物です。比較的単純な物質なので、宇宙空間にも広く存在しています。
 ただ、「液体の水」となるととたんに存在が限られてしまいます。
 では、なぜ液体の水が生命にとって欠かせない存在なのでしょうか。それは、水がいろいろなものを溶かす優秀な物質だからです。
 水はタンパク質や核酸のような有機物をはじめ、一部の金属なども溶かし込むことができます。また、水の中で化学反応を生み出すこともできます。いろいろな物質が溶け込んだ水の中で化学反応が起き、それが生命の誕生に結びついた…と考えるのは、ごく自然なことです。
 もちろん、水と同じように様々な物質を溶かすことができる液体は他にもあります。例えばエタノールやアンモニアなどもいいでしょう。ただ、水に比べると存在量が少ない、安定して存在しにくい、などの問題がどうしても出てきてしまいます。
 もう一つ重要なのが空気の存在です。空気はもちろん、我々が呼吸をする…酸素を吸って、二酸化炭素を吐き出す…ために欠かせないものですが、それ以外にも生命にとって重要な役割を果たしています。それは、太陽からの有害な光を遮ることです。
 紫外線は日焼けの原因といわれていますが、日焼け以上に、生命にとって重要なDNAなどに損傷を与えることがわかっています。さらには、より強い破壊力があるX線なども大気によって遮られています。もし地球に大気がなかったら、紫外線やX線が直接降り注ぎ、生命の存在などとても望めないでしょう。ちょうど月面のような死の世界を想像していただければよいと思います。
 また、空気があるおかげで、地球は全体に温和な環境が保てています。空気は暑いところろから冷たいところに流れますが、このことで地球全体で太陽からのエネルギーが順当に行き渡り、全体として温度が温和に保た照れています。また月面の例えになりますが、月面では日が当たるところは100度以上、日陰になるとマイナス100度という極端な状態です。これでは生命はとても望めないでしょう。
 地球型の生命は、水や炭素といった、宇宙に豊富に存在する元素をもとにしています。ですから、こういった形の生命が、宇宙に存在する生命としても基本だと考えてよいと思います。火星に生命を追い求めたり、電波で宇宙を探索して高度な文明の痕跡を調べたりするのには、こういった理由があるのです。



寺薗先生、お忙しい中、非常にご丁寧にお答えいただきまして、ありがとうございました!